もらんの考えごと

等身大の私の今を気の向くままに。

平和の器に🕊

今夜はきっとよく眠れない。

ロシアがウクライナへの侵略を始め、多くの死傷者を出している。

それなのに私の日常はなにも変わらなかった。

それが怖い。SNSの発達でこんなにも身近に戦争の脅威を感じているのに、何も変わらないのだ。

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カンボジアに行ったとき、カンボジア人にトゥールスレン虐殺博物館を案内してもらったことがある。

1975年、ポルポトによる大量虐殺を行う強制収容所であったトゥールスレン。案内してくれたカンボジア人は自分の家族や親戚がポルポト率いるクメールルージュによって虐殺されたことわ語ってくれた。

当時の狂気をまざまざと見せつけられ、胸をえぐられるような苦しさと虚しさ。そして私の大切な恩師であるそのカンボジア人に深い傷を残すカンボジアの悲しい歴史を前に言葉を失った。

 

あのとき、戦争や争いがいかに多くのものや人を傷つけるのか目の当たりにした。

こんなこと、絶対に繰り返してはならないと何度も何度も胸に刻んだ。

それなのに今日、ロシアはウクライナへの侵略をはじめ、戦争がはじまった。

 

自分にできることがわからず、ただただその事実に涙を流し、胸が苦しくなっている。

 

だからせめて祈りたい。

主よ、わたしを平和の器とならせてください。
  憎しみがあるところに愛を、
  争いがあるところに赦しを、
  分裂があるところに一致を、
  疑いのあるところに信仰を、
  誤りがあるところに真理を、
  絶望があるところに希望を、
  闇あるところに光を、
  悲しみあるところに喜びを。
ああ、主よ、慰められるよりも慰める者としてください。
  理解されるよりも理解する者に、
  愛されるよりも愛する者に。
それは、わたしたちが、自ら与えることによって受け、許すことによって赦され、自分のからだをささげて死ぬことによってとこしえの命を得ることができるからです。
聖フランシスコへいわのいのり